電子書籍メディア論「HTML5と電子出版」/第7話 電子出版に関わって4年、次のステージがやっと見えてきた

第7話 電子出版に関わって4年、次のステージがやっと見えてきた

HTML5 Book Story Episode 7 :
電子書籍フォーマットのEPUBに興味を持ち、Podcastを使って情報発信し始めてから、4年の月日が経ちました。盛り上がりのピークは、やはりAppleのiPadが発売された2010年。個人的には、電子書籍元年というより、スレートデバイス元年だったと思っていますが、当時はテレビなども積極的に取り上げていましたので、紙と電子の二項対立、といった興味を引きやすい話題が中心でした。

2009年12月30日放送の東京ITニュース
「コンテンツのネット配信 電子ペーパーと電子書籍 Kindle」
TOKYO MX公式チャンネル

 

そして、キーパーソンたちはいなくなった

なぜ今、過去を振り返っているかというと、いよいよ電子出版も次のフェーズへと進み始めていると感じているからです。このような時代の節目に遭遇するのは、80年代のDTP、90年前半のマルチメディア、その後のインターネットに続く4度目。黎明期というのは、まず最初に(積極的に啓蒙、情報発信する)個人にスポットが当たり、市場形成が進んだところで、企業が重い腰を上げます。

私が2009年頃から電子出版のキーパーソンとして支持してきた方々も、現在は一線を退いています。
例えば、ライザ・デイリーさんは、ibis Readerを開発していたThreepressコンサルティングごと、Safari Books Onlineに買収され(現在は同社のエンジニアリング担当部長)、ジョシュア・タレントさんも会社ごとファイアブランドテクノロジーズに買収され、今は企業の中の人です。
電子出版関連の唯一のPodcastとして人気のあったEbook Ninjasも、昨年の8月で配信が停止しています。また、個人で積極的にEPUBの情報を発信していたエリザベス・カストロさんも現在は、ほとんど電子出版の話題に触れていません。

ibis Reader

ibis Reader
Internet Archiveを参照

 

これは、過去のDTP、マルチメディア、インターネット共通の流れで、(黎明期から揺籃期を経て)発展期の一歩手前あたりで見る同様の風景です。

ここから何が起こるかというと、他分野、他業種の人たちが入ってきて、ビジネスが複雑になっていきます。ウェブでは、ホームページ制作というシンプルな実務に、マーケティングの専門家やユーザビリティの専門家、アクセシビリティの専門家などが加わり、次第に仕事が「複雑・高度化」していきました。1988年以降のインターネットマガジン(インプレス)を見れば、ウェブの複雑・高度化していく様子がよくわかります。

参考:
インターネットマガジン バックナンバーアーカイブ
1994年10月号から2006年5月号までの136号がアーカイブされています。とても資料価値の高いコンテンツです。

インターネットマガジン1999年10月号

インターネットマガジン1999年10月号
電子書籍に関する特集
マイクロソフトが提唱する電子書籍フォーマット「Open eBook 1.0」についての記述

 

 

変化の兆し

2012年の9月に開催されたTHE NEW CONTEXT CONFERENCE 2012で、MITメディアラボ所長の伊藤穰一氏が、BI(Before Internet)/AI(After Internet)で世界が大きく変わったという持論を展開していましたが、このなかで「AI(After Internet)時代に求められる9つの基本原則」を紹介されていて、共感する部分がかなりありました。

参考記事:
伊藤穰一:逸脱からはじまる「学び」の実践
MIT Media Lab CREATIVE TALK「Learning Creative Learning」より
The Principles of AI
AI(After Internet)の時代に求められる9つの基本原則

 

変化にさらされると、何が起こるのか? 「どんなに優秀な人たちが集まって最善の仕事をしていても、プロジェクト全体でみると、決してうまくいっていない」という、いわゆる「合成の誤謬:fallacy of composition」状態になっていく。前述した3時代の発展期一歩手前で体験してきましたので、「変わり始めている」という直感にはそこそこ自信があります。

国内の電子出版業界では、2012年の7月(楽天kobo)〜10月(Kindleストア)「以降」と「以前」で、線を引くことができるかもしれません。様子見していた企業などが一斉に動き出した(つまり、やっと重い腰を上げた)タイミングだったと思っています。kobo/Kindle「以前」は、EPUBの商業出版物(日本語)がほとんどなかったことを思い出してみてください。また、携帯電話向け市場の衰退とも重なります。
※2012年度の市場規模、新市場は対前年比228.6%増の368億円、携帯電話向けは対前年比26.9%減の351億円(インプレスビジネスメディア調べ)

 

書籍を電子化し、ストアで販売するだけのビジネスでは、出版全体の落ち込み(2013年の推定販売額は前年比3.3%減の1兆6823億円で、前年割れは9年連続)をカバーすることは困難だと思っている関係者は多いと思います。また、電子書籍を読者に届ける仕組みをプラットフォーマー(企業)に依存していることも、懸念材料の一つでしょう。ストアの規約変更だけで右往左往してきた出版関係者の方々は痛感しているはずです。

昨年は、電子出版物の直販に関する相談が多く、企業が提供するストアと自社サイト直販の両輪で模索していきたいと考えている出版社が増えているように思えます。

 

正直なところ、2013年は何をやっていいのか私自身もまったくわからないまま、試行錯誤していました。「こうすれば、必ず売れる」といった方法などないからです。電子出版ビジネスは、どちらかといえばウェブマーケティングの領域ですから、ウェブビジネスが培ってきた技術や手法などはトレースしていく意味がありますが、実践するには(マインドチェンジ含めて)それなりの準備が必要になりますので簡単なことではありません。

 

 

コミュニティベースドの個人出版プラットフォーム

昨年の5月、ブロガーのいしたにまさき さん、編集者の宮崎綾子さんと一緒に「Amazon Kindleダイレクト出版 完全ガイド」という本を書きました。「知る」「作る」「売る」の3つの章で構成されており、原稿の書き方から編集、校正、電子書籍の作成、販売、プロモーションまで幅広く網羅したガイドです。

出版記念のイベントなどを積極的におこない、プロモーションにも力をいれましたので、学生さんから高齢の方まで幅広い読者層に本の魅力を伝えることができました。出版後も読者の方々からの感想や意見をいただき、対応してきたわけですが、次第に「電子出版の敷居はまだ高い」と痛感することになります。

第17回国際電子出版EXPO
VOYAGER SPEAKING SESSIONS(2013/7/5)

 

そもそも、電子書籍の作成に20ページ以上の解説が必要なわけですから、「誰でも簡単」というわけにはいきません。10年やっているベテランのウェブデザイナーの知人でさえ、Kindleファイルの作り方がわからなくて相談にくるのですから、初心者にとっては事前学習から大きな壁です。あれこれ試行錯誤していたら、よくわからないけど作成できた、といったパズルのような作業を経験した人なら理解できると思います。

とはいえ、本書をきっかけにKindleストアで自作を発行された方も多く、十分役割を果たしたのではないかと考えています。

 

私がぼんやりとイメージする理想の個人出版プラットフォームは、「魔法のiらんど」のようなコミュニティベースのサービスです。運営は、株式会社魔法のiらんど(現在はアスキー・メディアワークス)。「魔法のiらんど」は、1999年12月にスタートした携帯電話向けのホームページ作成サービスで、2000年3月に「BOOK」という小説を執筆できる新機能を搭載します。BOOKは、章から節の階層構造をもち、500ページまで作成できる仕様になっていました。パスワードをかけたり、レビューすることもできます。

魔法のiらんど

 

BOOKで作成された小説は、「魔法の図書館」に蓄積され、人気ランキングなどもチェックできるのですが、重要なのは掲示板などのコミュニケーションサービスが付加されていることです。作品の感想を語り合ったり、小説の書き方を学んだり、読者が著者に応援コメントを投稿するなど、コミュニティとしても機能しています。

 

2008年の記録をみると、「魔法のiらんど」からは70タイトル以上の小説が書籍化され、2005年10月に発行された「天使がくれたもの」(著者:Chaco)は47万部、2006年発行の「恋空〜切ナイ恋物語」は200万部のヒットとなっています。
ストーリーが快・不快のワンパターンで、改行が多すぎるなど、紙の書籍にあてはめると、批判の的になってしまいますが、2007年の文芸カテゴリーではトップから3位までをケータイ小説の書籍が独占していたのですから(トーハン調べ)、ブームとはいえ、それだけ共感、支持していた人がいたわけです。

 

「魔法のiらんど」以外では、DeNAとドコモの合弁会社「株式会社エブリスタ」が運営する「E★エブリスタ」があり、書籍化された作品一覧には263件が表示されています。
先日、2014年1月の月間販売部数ランキングが発表されましたが、エブリスタ史上2人目の月間売上100万円越えの作家が話題になっています。「もぁらす」さんという作家で、1月の販売部数は33,000部、売上は137万円と記されています。

参考:
〜スマホ小説・コミック1月販売部数ランキング発表〜
「E★エブリスタ」史上2人目 月間売上100万円越えのスマホ作家が誕生!

E★エブリスタ

 

「E★エブリスタ」でつくられる作品は、ケータイ小説の文法を継承しているため、KDPで作品を発表されている方々にとっては、別世界のプラットフォームになりますが、顧客セグメントを明確化した「投稿コミュニティ」+「電子出版」のビジネス構造から学ぶとことは多いと感じます。

 

 

本棚の覗き見と発見可能性の向上

昨年の3月28日、Amazonは、有力な読者コミュニティである「Goodreads」の買収を発表しました。ユーザー数1600万人(Goodreadsが発表)という大型コミュニティです。2010年頃に利用していた読書コミュニティ「Shelfari」も2008年にAmazonが買収しており、私の本棚には、Kindle Storeで買った電子書籍がインポートされています。同じ本を買った人がわかるので、本棚をのぞきに行くと、意外な発見があり、たまたま入った書店で読みたい本を見つけた気分になれます。

Shelfari

 

本棚三昧」(青山出版社)という著名人の本棚写真を集めた書籍があるのですが、自分と同じ嗜好の人の本棚をながめるのは、(こんな本どこで見つけたんだ、といった驚きもあり)想像以上に楽しいもので、Shelfariのようなサービスは、もっと出てきてほしいと思っていました。
AmazonのGoodreads買収には、批判する人も多かったわけですが、発見可能性の向上につながるかどうか注視していきたいと思います。

本棚三昧

 

 

電子書籍にコミュニティ的なものを組み込む

2013年は何をやっていいのかわからないまま、試行錯誤していたと書きましたが、今は複数のプランができつつあります。2月5日に「HTML5でつくる「雑誌」と電子書籍ストアに頼らない直販モデル」という講演でお話しましたが、これも2014年、形にしたいプランの一つです。

 

デザイン批評誌[d/SIGN]NO.18(2010年10月)に掲載されているインターフェイスデザイナー、中村勇吾さんのインタビューから引用してみます。

文章やブックデザインとしての完成物という作品概念に、コミュニティ的なものを組み入れていく。一定のレベルのゾーンをどう盛り上げていくか、特定の方向性をもつ層をどう組織するか。イベント誌や投稿誌の側面がデザインの一部として入り込んできてもおかしくない。ぼくの体験でも、広告物のデザインというよりも、ユーザーを巻き込む方向に変化している。

送り手と受け手が、だんだんボーダレスになってきた。完成物のデザインと、そこに集まってくる人びとをいっしょにパッケージしたら、そこからもっとひとにアピールする広がりが生まれる。

<ひとつ>ではない、<複数>がデザインを生みだす
作品概念にコミュニティを組み入れていく

 

電子書籍を「売る」ことは容易になりましたが、多くの人たちに「知ってもらう」ことは、まだまだ大変なことです。本を読みたい人たちが集まる「場」で、たくさん売れるのは理にかなったことだと思いますが、重要なのは、セグメントの明確化だと思っています。それはジャンルではなく、ケータイ小説のような独特な文法であったり、2ちゃん色、ニコ動色、アメブロ色のようなものです。

誰でも参加しやすく、程よくジャンルをカバーしているプラットフォームより、心地よく感じる人と生理的に無理という人が真っ二つに分かれるようなプラットフォームをイメージしています。

 

この続きに相当するコンテンツを現在準備しています。
週末にこのサイトで公開しますので、ご興味のある方は是非ご覧になってください。

 

余談ですが、2010年10月に発行されたデザイン批評誌[d/SIGN]NO.18は「電子書籍のデザイン」についての大特集号で、私も鈴木一誌さんからご依頼を受けまして記事を書いています。実は、この記事が現在の「電子書籍メディア論」のはじまりで、3年以上続くとは思っていませんでしたが、きっかけを頂いたことに感謝しています。

デザイン批評誌[d/SIGN]NO.18

デザイン批評誌[d/SIGN]NO.18

デザイン批評誌[d/SIGN]NO.18

 

過去のエピソード:

 

 

投稿日:2014年2月12日

 

 

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2 Comments

  • 返信 2月 13, 2014

    utoku

    はじめまして。
    他の方からも指摘があるかと思いますが、「インターネットマガジン」はインプレス刊、1994年創刊です。
    同じ頃わたしもインターネット雑誌を創刊したばかりで、「インターネットマガジン」が技術雑誌ならうち(インターネットマニア)はコンテンツに特化していくんだ!と意気軒昂だったのを思い出し懐かしくなりました。
    引き続き連載を拝読させていただきます。

    • youjisakai
      返信 2月 13, 2014

      youjisakai

      ありがとうございました! インターネットマガジンは、インプレスさんでした。
      当時は、こういう雑誌を買って、記載されているウェブサイトのURLを入力していました。紙でサイトを紹介できる時代でしたね..
      今後ともよろしくお願いします!

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